【連載】めろん。91
・綾田広志 38歳 刑事㉟
「村の家にカメラを設置してないのはせめてもの配慮なわけですよ。実験動物って割り切ってるわけでもないからねぇ。それに各家庭で起こったことなんて、そのすべてがと言っていいほど決まり切っている。単に誰かが発症して、誰かを食った。もしくは食おうとして殺された、とか。ケースはさまざまだけど、こちらの想定を超えることなど在り得ない」
両間はそのように言いながら、「でも想定を超えてくれなきゃ困るんだけどねえ」と新発見に繋がらない現状に嘆息した。
「まあ、そういうわけで大城くんのケースも別に珍しいものじゃなかった……と当初は考えていた」
だが今は違う。
両間はなぜかあの時大城家でかかっていたプリキュアが引っかかっている。両間の表情を見ればわかるが、それは些細な違和感だ。かすかな、気を抜くとするりと飛んでいってしまいそうな頼りない違和感。
俺もまたその正体を掴み損ねていた。
「なにがおかしいんだ」
「おかしい……というかね、さっきの話にあった『人によって違う音楽が有効では』という疑問。僕としては否定はしないが、仮にそうであったとしても特定は不可能に近いと言ったところさ。でもね、大城くんの娘ちゃんに関しては特定できるかもしれない」
「……それがプリキュアなのか」
「推測の域はでないがね、その可能性は高いんじゃないかと思っている」
「根拠があるのか」
「珍しく自分の経験の中にねぇ、あるんだよこれが」
両間はこめかみに指を突き立て、自慢げに言った。
「大城くんの一家をここにご招待した時、実は僕が直々に行ったんだよねぇ。それで車に乗せてやってきたんだけど、その時に娘ちゃんがプリキュアの曲を聴いて喜んでいた」
「好きな曲だっていいたいのか」
「う~ん、どうだろうねえ。〝好きな曲〟というのは正しくないし、幅がありすぎる。だからあの曲は娘ちゃんにとって、もっと限定した特別な意味をもっていてほしい」
いてほしい、と希望的観測の言い回しで両間は話した。
「限定した……特別な」
聞いたままをつぶやき、大城の娘にとってプリキュアの曲が一体どんな意味があるのかを考えた。
だがどれだけ思案しても子供が好きな曲、という域からは出ない。
「……まあいいさ、綾田ちゃん。これから長い付き合いになるんだからそういうのも急がなくていい」
「急がなくていい? 忘れたのか、こっちは理沙が……」
「うるさいな~、しつこいよ? その子はもう手遅れだって」
「手遅れじゃない!」
驚いて耳を塞ぐ素振りをした両間は「わかったわかった」と言いながら近づくと俺の片を叩く。
「最善は尽くす。これは約束しよう。だが『治す』と確約できないことくらいは今の君にもわかるだろう? 理沙ちゃんだっけ? その子はこっちで預かろう。もちろん、他の発症者みたいに生きながら解剖とか、実験に使ったりなんかせず、ちゃんと人間として低調に扱うよ」
「貴様……」
「ちょっとそんなに睨まないでほしいなぁ、感謝してほしいくらいなんだけどね。前払いだとしても異例の待遇なんだぜ綾田ちゃん」
どの口がいうんだ。
正常な人間もめろんに罹患している人間も、どうだっていいと思っているくせに。
歯を食いしばった口から、今にもそんな呪いがかった言葉が溢れ出てきそうになる。
俺は今不利だ。圧倒的に。
脳裏に蛙子や檸檬、理沙の姿が浮かぶ。
くそっ、結局俺はなにもできないのか……
「気を落とすことないよ、綾田ちゃん。こちらで理沙ちゃんと確保できれば、とりあえず人を食うことも殺されることもない。死なないよう特製脂肪ジュースも与えよう。その間、綾田ちゃんは僕を手伝ってくれればいいんだ」
両間は言いたいことを全部言い終えたのか、ニタリ顔で俺の顔を見つめた。
俺が首を縦に振るのを待っているのだ。
理沙を思えばなりふり構ってはいられない……それに、俺はなぜか両間に気に入られているらしい。のらりくらりとかわし続けて奴の気が変わる前に決断するしかなかった。
「……わかった。お前を手伝う」
「交渉成立~!」
パチン、と大きく手を叩くと部屋に両間の部下たちが入ってきた。
「じゃあ早速働いてもらうよ、綾田ちゃん!」
「待て、理沙は……」
「慌てない慌てない。ちゃんとやっておくから」
「信用できるか! この目で確かめてからだ!」
暴れると思ったのか部下が駆け寄り俺を拘束しようとしたが、両間がそれを制止する。椅子に縛られている状態でこれ以上どう暴れられるというのか。
両間は大きく溜め息を吐くと、やれやれといった感じで首を振った。
「ちゃんとその目で確かめれば大人しく従うんだね。本当に君という男は難儀だよ。それじゃあ、彼女らをここに連れてこようじゃないか。そうして理沙ちゃんを然るべき場所へ移動する。それでいいね、OK?」
「ああ。だがな、あらかじめ言っておくぞ。どんなことがあっても、俺はお前を信用しない」
「……傷つくねぇ」
両間は笑い、俺と部下を残して部屋を出ていった。
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